★☆★JNSAメールマガジン　第306号　2025.2.21☆★☆

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明治大学教授・JPCERT/CC理事 湯淺 墾道様にご寄稿いただきました。


【連載リレーコラム】
選挙とサイバーセキュリティ

明治大学教授・JPCERT/CC理事　　湯淺 墾道

最近、偽情報やディスインフォメーションなど、SNS上で流布されている情報が
選挙や民主主義に与える影響の分析がサイバーセキュリティの研究の一領域と
なってきている。しかし「選挙とセキュリティ」というと、セキュリティの
専門家、特にベテランの専門家からは怪訝な顔をされたり迷惑そうな顔をされ
たりすることがある。
もともと日本ではネットワーク、システム、パソコンやサーバなどの電子機器
等に保存されるプログラムや情報（特に個人情報や営業秘密、知的財産など）
がセキュリティの対象であるという考え方が根強く、表現の自由や選挙のよう
な民主主義をささえている原理や制度を守ることもセキュリティの目的である
という理解はあまり一般的ではなかったように思われる。セキュリティ専門家
の間では、セキュリティは政治とは関係がなく、政治から中立であるべきだと
いう考えもあっただろう。
その意味では、NISC副センター長や総務審議官を歴任した谷脇康彦氏が、岩波
新書『サイバーセキュリティ』の中で、ネット上の偽情報は情報セキュリティ
のCIAの中のI（インテグリティ）が悪意をもって操作されセキュリティが確保
されていない状況であると明言した意義は大きかった。しかし、偽情報や
ディスインフォメーションがなぜセキュリティの問題なのだろうか。
民意が政治に反映されることが民主主義の重要な要素であるが、その民意自体
が、ある方向に誘導されていたり外国勢力によってゆがめられていたりしたら、
それが反映される政治は一体どうなってしまうだろうか。それが、偽情報や
ディスインフォメーションが問題視される背景であるが、それとセキュリティ
との関わりを説明するのは意外に難しいようである。
この点で、アメリカでは選挙のセキュリティを次の3つの段階で考えることが
多い。
第1段階：有権者の民意形成への介入と世論誘導によって選挙結果に影響を
与えようとする段階
第2段階：選挙管理委員会、投票所の案内や開票結果の公表を行うウェブサイト
への攻撃等によって、選挙の運営に混乱をもたらそうとする段階
第3段階：選挙管理機関へのサイバー攻撃や電子投票機へのサイバー攻撃等に
よって有権者名簿や投票記録それ自体を改ざんする等、直接的に選挙結果を
操作しようとする段階
面白いことに、アメリカでも最初は第3段階が選挙のセキュリティの対象として
考えられ、電子投票機や選挙人名簿を管理する情報システムなどが重要インフラ
としての指定を受けた。投票所も重要インフラとして指定されたので、投票所
に関連するシステム等もセキュリティの対象に加わった。しかし選挙が民意を
政治に反映するための制度である以上、選挙には第1段階から第3段階までの
すべての段階が関係する。ゆえに、第1段階もまた選挙のセキュリティの問題で
あり、すべての段階のセキュリティを確保しないと選挙のインテグリティは
維持できないと考えられるようになったのである。そして、近年問題になって
いるインターネット上での偽情報（ディスインフォメーション）は、ほとんど
が第1段階に関係するもので、逆に第1段階のセキュリティの問題のほうが注目
を浴びるようになってきた。
ところで私たちの政治的な態度や意思は、赤ん坊として生まれたときには
持っているわけではない。幼児、小中学校の生徒、高等教育機関の生徒や学生、
社会人という成長をとげていく過程で、政治や社会に関する知識を身につけ、
自分なりの考えを形成して行動するようになる。SNSを利用し、この形成過程で
特定の思想や信条を支持するように一種の刷り込みが行われていると近年指摘
されるようになっている。これを「ナラティブ」への攻撃と呼んでいるが、
ナラティブへの攻撃をどのように防ぐかということが、選挙のサイバーセキュ
リティの最先端の課題であるということができよう。
ナラティブへの攻撃は、難問である。私たちが成長する過程で、外部からの
影響を全く受けないということは有り得ないからだ。親、友人、学校の先生、
職場など、私たちは多くのものから影響を受けて育つ。それらをすべて排除
することはできないし、「正しい」、「望ましい」刷り込みの影響だけに限定
しようとすると、パターナリズムという批判を受けることになる。非・民主
主義の国から「そもそも民主主義が正しいというのも一種の刷り込み、ナラテ
ィブではないか」といわれたとき、反論するのは意外に難しい。
赤ん坊は政治的な態度や意思を持っていないと書いたが、お釈迦様は生まれる
や否や「天上天下唯我独尊」と言ったそうである。お釈迦様は、生まれてきた
ときには人格が完成していたのだろう。だとするとナラティブへの攻撃は通用
しなかっただろうか、などとつまらぬことを考えてしまった。

＃連載リレーコラム、ここまで

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JNSAメールマガジン　第306号
発信日：2025年2月21日
発　行：JNSA事務局　sec@jnsa.org
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